<Header>
<Author: 白居易>
<Title: 長恨歌>
<Format: 樂府詩>
<Year: 2000>
<BookName: 校注唐詩解釈辞典>
<Translator: 松浦友久>
<style: 現代文無假名>
<style2: 日本現代譯文無假名標注>
<TranslatedTitle: 長恨歌（ちゃうごんか）>
<BookPage: 482>
<UsedPage: 1>
<Feature: 1, 2, 4>
<End Header>
<Poem>
漢皇重色思傾國，
御宇多年求不得。
楊家有女初長成，
養在深閨人未識。
天生麗質難自棄，
一朝選在君王側。
回眸一笑百媚生，
六宮粉黛無顏色。
春寒賜浴華清池，
溫泉水滑洗凝脂。
侍兒扶起嬌無力，
始是新承恩澤時。
雲鬢花顏金步搖，
芙蓉帳暖度春宵。
春宵苦短日高起，
從此君王不早朝。
承歡侍宴無閑暇，
春從春遊夜專夜。
後宮佳麗三千人，
三千寵愛在一身。
金屋妝成嬌侍夜，
玉樓宴罷醉和春。
姊妹弟兄皆列土，
可憐光彩生門戶。
遂令天下父母心，
不重生男重生女。
驪宮高處入青雲，
仙樂風飄處處聞。
緩歌慢舞凝絲竹，
盡日君王看不足。
漁陽鞞鼓動地來，
驚破霓裳羽衣曲。
九重城闕煙塵生，
千乘萬騎西南行。
翠華搖搖行復止，
西出都門百餘里。
六軍不發無奈何，
宛轉蛾眉馬前死。
花鈿委地無人收，
翠翹金雀玉搔頭。
君王掩面救不得，
回看血淚相和流。
黃埃散漫風蕭索，
雲棧縈紆登劒閣。
峨嵋山下少人行，
旌旗無光日色薄。
蜀江水碧蜀山青，
聖主朝朝暮暮情。
行宮見月傷心色，
夜雨聞鈴腸斷聲。
天旋日轉迴龍馭，
到此躊躇不能去。
馬嵬坡下泥土中，
不見玉顏空死處。
君臣相顧盡霑衣，
東望都門信馬歸。
歸來池苑皆依舊，
太液芙蓉未央柳。
芙蓉如面柳如眉，
對此如何不淚垂？春風桃李花開夜，
秋雨梧桐葉落時。
西宮南苑多秋草，
宮葉滿階紅不埽。
棃園弟子白髮新，
椒房阿監青娥老。
夕殿螢飛思悄然，
孤燈挑盡未成眠。
遲遲鐘鼓初長夜，
耿耿星河欲曙天。
鴛鴦瓦冷霜華重，
翡翠衾寒誰與共。
悠悠生死別經年，
魂魄不曾來入夢。
臨邛道士鴻都客，
能以精誠致魂魄。
爲感君王展轉思，
遂教方士殷勤覓。
排空馭氣奔如電，
升天入地求之徧。
上窮碧落下黃泉，
兩處茫茫皆不見。
忽聞海上有仙山，
山在虛無縹緲間。
樓閣玲瓏五雲起，
其中綽約多仙子。
中有一人字太真，
雪膚花貌參差是。
金闕西廂叩玉扃，
轉教小玉報雙成。
聞道漢家天子使，
九華帳裏夢魂驚。
攬衣推枕起裴回，
珠箔銀屏邐迤開。
雲鬢半偏新睡覺，
花冠不整下堂來。
風吹仙袂飄颻舉，
猶似霓裳羽衣舞。
玉容寂莫淚闌干，
棃花一枝春帶雨。
含情凝睇謝君王，
一別音容兩渺茫。
昭陽殿裏恩愛絕，
蓬萊宮中日月長。
回頭下望人寰處，
不見長安見塵霧。
唯將舊物表深情，
鈿合金釵寄將去。
釵留一股合一扇，
釵擘黃金合分鈿。
但教心似金鈿堅，
天上人間會相見。
臨別殷勤重寄詞，
詞中有誓兩心知。
七月七日長生殿，
夜半無人私語時。
在天願作比翼鳥，
在地願爲連理枝。
天長地久有時盡，
此恨緜緜無絕期。
<End Poem>
<Translation>
漢の天子は女色を好まれ、傾国の美人を得たいと思っておられたが、長年にわたる治世のあいだ、求めつづけても得られなかった。
ちょうどそのころ、楊家にむすめがいて、やっと年ごろになっていたが、深窓のうちに大事に養育されていたので、世間の人々にはまだ知られていなかった。しかし、生まれついての美しさは、棄ておかれたままでいるはずもなく、ある日、選ばれて、天子のおそばにお仕えする身となった。彼女が脚をくるりと動かしてにっこり笑うと、そこには限りない魅力が生まれ、名高い後宮の美人たちも、美しさに見おとりがした。
春まだ寒い日、彼女は、華清宮での沐浴を賜わった。温泉のなめらかな湯水は、きめ細かな白い肌にそそぎかかる。侍女が、手をさしそえてかかえおこそうとすれば、なまめかしくもまた力なげである。いまこそ、はじめて天子のご寵愛をうける時がきたのである。
雲のように豊かな髪、花のように美しい顔、黄金でできた歩揺のかんざし。契蓉の花をぬいとった幅ば暖かく、そのなかで心地よい春の夜をすごす。春の夜の短かさをなげきつつ、日が高くのぼったころ牀を離れる。それからというもの、天子は早朝の政務に関与れなくなった。
天子のお心に巧みに添い、宴席に待り、片時の暇もなく天子のお側につきしたがい、春には春の遊宴におともし、夜には夜のおとぎを一人じめする。 
後宮にはうるわしい美人が三千人もいたが、三千人への天子の寵愛が、彼女一人に集まった。黄金づくりのりっぱな御殿ふかく、化粧を十分にこらして、あでやかに夜宴につかえ、大理石づくりのまばゆい楼に、酒宴が終りをつげる頃、陶然と酔ったその姿態は、のびやかな春の雰囲気に溶けこんでいく。
姉妹兄弟は、それぞれみな領地を与えられて諸侯にとりたてられ
る。ああ、まことに、後光が楊氏一門から立ちのぼらんばかりであった。かくして、天下の父母の心をして、男の子を生むより女の子を生んだほうがいいと考えさせるようになってしまった。 
驪山の離宮の高楼は、はるかかなた、大空の青雲のうちにかくれ入り、この世のものとも思われぬ美しい音楽が、風にのってあちらこちらに聞こえてくる。
ゆるやかなリズムの歌や舞、管絃のひびきは、あえかな余韻を引く。一日中、天子はこれを眺めてあきることがない。突然、北方漁陽の戦鼓の音が、大地をどよもして攻めきたり、竟裳羽衣の曲を打ち砕いた。
戦火によって、天子の宮城にも、煙や塵がまきおこり、千乗万騎
からなる天子の一行は、西南のかた蜀の地をめざして、落ちのびていった。
天子の御旗は、ゆらゆらとゆれ動き、進んではまた立ちどまる。
都の城門を西方にゆくこと百里ばかりのところ。天子の軍隊は、出発しようとせず、もはやどうすることもできない。すんなりと美しい眉の人は、無残にも馬前に死んでいった。
美しい螺鈿のかんざしは、地にうら捨てられたままで拾いあげる者もない。あたり一面に飛散する翠翹、金雀、玉搔頭。天子は手で顔を掩ったまま、救うこともできず、ふり返ってみつめるその眼からは、悲しみのあまり、血と涙が混り流れる思いであった。
黄塵があたり一面にたらこめて、風はもの寂しく吹きよせる。雲にとどくほどの高い欄をめぐりめぐりつつ、剣閣山の難所を登っていく。峨帽山のふもとには、道ゆく人の姿もない。天子の旗章も光彩がなく、太陽の光まで薄れて見える。 
蜀の江は、深緑の色をたたえ、蜀の山々は青く連なる。天子は、朝な夕な、楊貴妃のことを思いつづける。行営で月を眼にすれば、その光に胸をしめつけられる。夜の雨に鈴の音を耳にすれば、その音にはらわたがちぎれんばかりである。
天下の形勢は一転して、天子は都にかえられることになった。
遠く隔てられた生と死、わかれてすでに久しい歳月が流れた。楊貴妃最期の地まで来ると、さまざまに心は乱れて、立ち去ることができない。こと馬嵬駅の坡のあたり、泥土のなかに、かの美しい人の姿は見えず、ただあとには、はかなく死んでいった場所だけが空しく残っているだけである。
天子も巨下も、たがいに顧みて涙に衣服をぬらすばかり。東のか たにある都の門を望みながら、馬の歩みにまかせて、力なく帰っていく。
長安宮に帰ってみれば、宮中の池も庭も、それぞれがみな昔のまま。太液池の芙蓉の花よ、未央宮の柳よ。
美しい芙蓉の花は、楊貴妃の顔がごとく、細くなだらかな柳の葉は、かの人の眉のよう。これらを前にして、どうして涙を流さずにおられようか。あたたかい春風が吹いて、桃や香が花を開く晩、つめたい秋の雨が降って、梧桐の葉が散っていく時、哀しみは一層つのる。
時は流れ、西宮にも南苑にも、秋草が茂り、宮苑の落ち葉が階に散り敷いたまま、紅の葉は掃きとられもしない。かつて梨園にいた楽人も、ちかどろ白髪が急に目立つようになり、皇后の居室に仕えた女官$長$も、その若く美しい眉が老けこんでしまった。
夜の御殿を飛ぶ蛍を見ては、わびしく物思いにふけり、たった一つともる灯火の芯をかきたて尽くしても、まだ眠りにつくことができない。遅々としてすすまぬ鐘鼓の音に、秋の夜がはじめて長く感じられる。耿々とほの明るい銀河の流れに、いまやっと夜明けの近づいたことを知る。
鴛鴦の形の瓦には、つめたい霜がいっぱいにむすび、翡翠をぬいとった夜具は、ひえびえとして、ともに寝る人もいない。はるかに遠くてられた生と死、わかれてすでに久しい歲月が流れた。楊貴妃のたましいは、天子の夢のなかにさえ、いっこうに訪れてはくれない。
ときに蜀の臨邛出身で、首都長安に旅住まいしている者がいた。まごころをこめた念力で、こうした死者のたましいを呼びよせることができるという。宮中の側近たちは、夜も眠れずに楊貴妃を思う天子のみこころに感じいり、さっそくこの修験者に命じて、彼女の魂を念入りに求めさせた。
大空を押し明き、大気に乗り、電光のように駆けめぐり、天上にのぼり、地下にもぐって、あまねく捜し求めた。上は青空の果てから、下は黄泉にいたるまで捜したが、天も地も、果てなく広がるばかりで、貴妃のたましいはどちらにも見あたらなかった。
その時、ふとこんなことを耳にした、海上には仙人の住む山があり、その山は、一切のものが存在しない茫々たる空間のなかにある。
楼閣は宝玉のように透明に輝いて、五色の瑞雲が湧きおこり、そのなかには、若くしとやかな仙女がたくさんいる。なかに一人、太真を字どするものがいるが、雪のような白い度、花を思わせる美しい顔だち、その特色の一つ一つがほとんど楊貴妃そのものであると。
黄金でできた仙宮の西の御殿を訪れて、宝玉を飾った扉を叩き、侍女の小玉を通じて、側仕えの双成に来意を知らせる。漢の天子の使いであると聞いて、美しい模様を織りなした帳のうちに、夢うつであった太真の魂は、はっと目覚めた。
太真は上衣を手にとり、枕を手でおしやり、心みだれるまま、立ちあがって部屋のなかを行きつ戻りつする。やがて真珠の箔。銀の屏風が次から次へと開かれ、太真はその姿を現わす。豊かで美しい黒髪は、なかばくずれて傾き、たったいま目覚めたばかりの様子。美しい冠もきちんとしないままに、広間から下りてくる。
風は仙女の機を吹きあげ、ひらひらと舞いあがり、あたかも、あの霓裳羽衣の舞いのように見える。輝くように美しい容貌は、寂しさにつつまれ、涙はとめどもなくはらはらと流れる。そのさまは、一枝の梨の花が、春の日にやわらかな雨にぬれているかのよう。
胸の思いをこめ、じっと睇をこらして、天子にお礼を申しあげる。「お別れして以来、お声もお姿も、ともに遠く遥かなものになってしまいました。生前、昭陽殿でいただきました恩愛は断ちきられ、人の世ならぬここ蓬萊宮のなかで、はや長い月日を送りまた。」
ふり返って、はるか下界、人間世界を眺めれば、なつかしい長安の城は見えず、ただ一面に塵や霧が目に入るばかり。いまはただ、思い出ぶかい品々によって、深いまごころを示すべく、螺鈿の小箱と黄金のかんざしを、使者にことづけて持っていかせる。
双股のかんざしは、一方の脚を留め、ふたのついた小箱は、その一方を残す。かんざしは、黄金の脚を二つにひきさき、小箱は、ふたとみを別々にする。ただ、ふたりの心を、この黄盆や螺鈿のように堅固にしておきさえすれば、天界と人間世界とに別れていても、いつかきっと会えるであろうから。
使者との別れにあたって、丁重にもう一度、伝言を託した。そのことばのなかには、玄宗と楊貴妃のふたりしか知らない愛の誓いが含まれていた。「七月七日、長生殿で、夜がふけ、あたりに人かげも絶え、ふたりが身を寄せささやきをかわしたとき、『大空にあっては、比翼の鳥となり、地上にあっては、連理の枝となりたいもの』と誓ったのです」と。天も地も悠久であるといわれるが、それでもいつかは減びるときがあろう。しかし相思永別におわったこの恋の恨み・使いは、いつまでもいつまでも続いて、決して絶えるときはないであろう。
<End Translation>
<Formatted Translation>
漢の天子は女色を好まれ、傾国の美人を得たいと思っておられたが、
長年にわたる治世のあいだ、求めつづけても得られなかった。
ちょうどそのころ、楊家にむすめがいて、やっと年ごろになっていたが、
深窓のうちに大事に養育されていたので、世間の人々にはまだ知られていなかった。
しかし、生まれついての美しさは、棄ておかれたままでいるはずもなく、
ある日、選ばれて、天子のおそばにお仕えする身となった。
彼女が脚をくるりと動かしてにっこり笑うと、そこには限りない魅力が生まれ、
名高い後宮の美人たちも、美しさに見おとりがした。
春まだ寒い日、彼女は、華清宮での沐浴を賜わった。
温泉のなめらかな湯水は、きめ細かな白い肌にそそぎかかる。
侍女が、手をさしそえてかかえおこそうとすれば、なまめかしくもまた力なげである。
いまこそ、はじめて天子のご寵愛をうける時がきたのである。
雲のように豊かな髪、花のように美しい顔、黄金でできた歩揺のかんざし。
契蓉の花をぬいとった幅ば暖かく、そのなかで心地よい春の夜をすごす。
春の夜の短かさをなげきつつ、日が高くのぼったころ牀を離れる。
それからというもの、天子は早朝の政務に関与れなくなった。
天子のお心に巧みに添い、宴席に待り、片時の暇もなく天子のお側につきしたがい、
春には春の遊宴におともし、夜には夜のおとぎを一人じめする。 
後宮にはうるわしい美人が三千人もいたが、
三千人への天子の寵愛が、彼女一人に集まった。
黄金づくりのりっぱな御殿ふかく、化粧を十分にこらして、あでやかに夜宴につかえ、
大理石づくりのまばゆい楼に、酒宴が終りをつげる頃、陶然と酔ったその姿態は、のびやかな春の雰囲気に溶けこんでいく。
姉妹兄弟は、それぞれみな領地を与えられて諸侯にとりたてられ
る。
ああ、まことに、後光が楊氏一門から立ちのぼらんばかりであった。かくして、天下の父母の心をして、
男の子を生むより女の子を生んだほうがいいと考えさせるようになってしまった。 
驪山の離宮の高楼は、はるかかなた、大空の青雲のうちにかくれ入り、
この世のものとも思われぬ美しい音楽が、風にのってあちらこちらに聞こえてくる。
ゆるやかなリズムの歌や舞、管絃のひびきは、あえかな余韻を引く。
一日中、天子はこれを眺めてあきることがない。
突然、北方漁陽の戦鼓の音が、大地をどよもして攻めきたり、
竟裳羽衣の曲を打ち砕いた。
戦火によって、天子の宮城にも、煙や塵がまきおこり、
千乗万騎からなる天子の一行は、西南のかた蜀の地をめざして、落ちのびていった。天子の御旗は、ゆらゆらとゆれ動き、進んではまた立ちどまる。
都の城門を西方にゆくこと百里ばかりのところ。
天子の軍隊は、出発しようとせず、もはやどうすることもできない。
すんなりと美しい眉の人は、無残にも馬前に死んでいった。
美しい螺鈿のかんざしは、地にうら捨てられたままで拾いあげる者もない。
あたり一面に飛散する翠翹、金雀、玉搔頭。
天子は手で顔を掩ったまま、救うこともできず、
ふり返ってみつめるその眼からは、悲しみのあまり、血と涙が混り流れる思いであった。
黄塵があたり一面にたらこめて、風はもの寂しく吹きよせる。
雲にとどくほどの高い欄をめぐりめぐりつつ、剣閣山の難所を登っていく。
峨帽山のふもとには、道ゆく人の姿もない。
天子の旗章も光彩がなく、太陽の光まで薄れて見える。 
蜀の江は、深緑の色をたたえ、蜀の山々は青く連なる。
天子は、朝な夕な、楊貴妃のことを思いつづける。
行営で月を眼にすれば、その光に胸をしめつけられる。
夜の雨に鈴の音を耳にすれば、その音にはらわたがちぎれんばかりである。
天下の形勢は一転して、天子は都にかえられることになった。遠く隔てられた生と死、わかれてすでに久しい歳月が流れた。
楊貴妃最期の地まで来ると、さまざまに心は乱れて、立ち去ることができない。
こと馬嵬駅の坡のあたり、泥土のなかに、
かの美しい人の姿は見えず、ただあとには、はかなく死んでいった場所だけが空しく残っているだけである。
天子も巨下も、たがいに顧みて涙に衣服をぬらすばかり。
東のか たにある都の門を望みながら、馬の歩みにまかせて、力なく帰っていく。
長安宮に帰ってみれば、宮中の池も庭も、それぞれがみな昔のまま。
太液池の芙蓉の花よ、未央宮の柳よ。
美しい芙蓉の花は、楊貴妃の顔がごとく、細くなだらかな柳の葉は、かの人の眉のよう。
これらを前にして、どうして涙を流さずにおられようか。
あたたかい春風が吹いて、桃や香が花を開く晩、
つめたい秋の雨が降って、梧桐の葉が散っていく時、哀しみは一層つのる。
時は流れ、西宮にも南苑にも、秋草が茂り、
宮苑の落ち葉が階に散り敷いたまま、紅の葉は掃きとられもしない。
かつて梨園にいた楽人も、ちかどろ白髪が急に目立つようになり、
皇后の居室に仕えた女官$長$も、その若く美しい眉が老けこんでしまった。
夜の御殿を飛ぶ蛍を見ては、わびしく物思いにふけり、
たった一つともる灯火の芯をかきたて尽くしても、まだ眠りにつくことができない。
遅々としてすすまぬ鐘鼓の音に、秋の夜がはじめて長く感じられる。
耿々とほの明るい銀河の流れに、いまやっと夜明けの近づいたことを知る。
鴛鴦の形の瓦には、つめたい霜がいっぱいにむすび、
翡翠をぬいとった夜具は、ひえびえとして、ともに寝る人もいない。
はるかに遠くてられた生と死、わかれてすでに久しい歲月が流れた。
楊貴妃のたましいは、天子の夢のなかにさえ、いっこうに訪れてはくれない。
ときに蜀の臨邛出身で、首都長安に旅住まいしている者がいた。
まごころをこめた念力で、こうした死者のたましいを呼びよせることができるという。
宮中の側近たちは、夜も眠れずに楊貴妃を思う天子のみこころに感じいり、
さっそくこの修験者に命じて、彼女の魂を念入りに求めさせた。
大空を押し明き、大気に乗り、電光のように駆けめぐり、
天上にのぼり、地下にもぐって、あまねく捜し求めた。
上は青空の果てから、下は黄泉にいたるまで捜したが、
天も地も、果てなく広がるばかりで、貴妃のたましいはどちらにも見あたらなかった。
その時、ふとこんなことを耳にした、海上には仙人の住む山があり、
その山は、一切のものが存在しない茫々たる空間のなかにある。
楼閣は宝玉のように透明に輝いて、五色の瑞雲が湧きおこり、
そのなかには、若くしとやかな仙女がたくさんいる。
なかに一人、太真を字どするものがいるが、雪のような白い度、花を思わせる美しい顔だち、その特色の一つ一つがほとんど楊貴妃そのものであると。
黄金でできた仙宮の西の御殿を訪れて、宝玉を飾った扉を叩き、
侍女の小玉を通じて、側仕えの双成に来意を知らせる。
漢の天子の使いであると聞いて、美しい模様を織りなした帳のうちに、夢うつであった太真の魂は、はっと目覚めた。
太真は上衣を手にとり、枕を手でおしやり、心みだれるまま、立ちあがって部屋のなかを行きつ戻りつする。
やがて真珠の箔。銀の屏風が次から次へと開かれ、太真はその姿を現わす。
豊かで美しい黒髪は、なかばくずれて傾き、たったいま目覚めたばかりの様子。
美しい冠もきちんとしないままに、広間から下りてくる。
風は仙女の機を吹きあげ、ひらひらと舞いあがり、あたかも、
あの霓裳羽衣の舞いのように見える。
輝くように美しい容貌は、寂しさにつつまれ、涙はとめどもなくはらはらと流れる。
そのさまは、一枝の梨の花が、春の日にやわらかな雨にぬれているかのよう。
胸の思いをこめ、じっと睇をこらして、天子にお礼を申しあげる。
「お別れして以来、お声もお姿も、ともに遠く遥かなものになってしまいました。
生前、昭陽殿でいただきました恩愛は断ちきられ、
人の世ならぬここ蓬萊宮のなかで、はや長い月日を送りまた。」
ふり返って、はるか下界、人間世界を眺めれば、なつかしい長安の城は見えず、
ただ一面に塵や霧が目に入るばかり。いまはただ、思い出ぶかい品々によって、深いまごころを示すべく、
螺鈿の小箱と黄金のかんざしを、使者にことづけて持っていかせる。
双股のかんざしは、一方の脚を留め、ふたのついた小箱は、その一方を残す。かんざしは、黄金の脚を二つにひきさき、小箱は、ふたとみを別々にする。
ただ、ふたりの心を、この黄盆や螺鈿のように堅固にしておきさえすれば、
天界と人間世界とに別れていても、いつかきっと会えるであろうから。
使者との別れにあたって、丁重にもう一度、伝言を託した。
そのことばのなかには、玄宗と楊貴妃のふたりしか知らない愛の誓いが含まれていた。
「七月七日、長生殿で、
夜がふけ、あたりに人かげも絶え、ふたりが身を寄せささやきをかわしたとき、
『大空にあっては、比翼の鳥となり、
地上にあっては、連理の枝となりたいもの』と誓ったのです」と。
天も地も悠久であるといわれるが、それでもいつかは減びるときがあろう。
しかし相思永別におわったこの恋の恨み・使いは、いつまでもいつまでも続いて、決して絶えるときはないであろう。
<End Formatted Translation>